出会いと別れは、人生の新陳代謝
一生のうちには、たくさんの出会いと別れがあります。多くの場合、出会いは喜びを、別れは悲しみを伴います。だからといって、出会いしかなかったら、あちこちの付き合いに追われて、やがて身動きがとれなくなるでしょう。食べてばかりで、排泄しなかったら、体は限なく太り、歩くことさえできなくなるでしょう。呼吸だって吸ってばかりで、吐き出さなかったら、息が詰まって命が危うくなります。出会いと別れは、人生の新陳代謝のようなものです。よき出会いとよき別れがあって、人は生き、魅力を増していけるのではないでしょうか。
忘れられないのは、別れたくなかったから?
嫌な人との別れは歓迎しても、好きな人との別れを望むことはまずありません。では、好きと嫌いの境界線は、どこにあるのでしょう。自分の嫌がることをするかしないか、プラスになるかマイナスになるかなど、一応の基準はあります。しかし、嫌がることをする人でも、マイナスになるとわかっている人でも、好きになることはあります。好きだと思っていた人が、急に嫌いになることもあります。つまり好きと嫌いは、はっきりと区別できるものでも、絶対的なものでもないということです。忘れられないのは、好きだったからではなく、別れたくなかったから、ということは案外多いものです。
やり残したことは、新たな出会いで実現する
やり残したことがあると、いつまでも心に残りがちです。相手に自分の気持ちが伝わっていないのではないか、誤解されているのではないか、ああすればよかった、こうすればよかったとアレコレ思いを巡らし、忘れられなくなるのです。「一期一会」という言葉があります。何回会っても一回一回の出会いは一生に1度という意味です。「覆水盆に帰らず」という言葉もあります。こぼれてしまった水は二度と器の中に入れることはできないという意味です。どんなに後悔しても、過去の出来事を訂正することはできません。やり残したことは、新たな出会いのなかで、埋め合わせることを考えましょう。
元彼への未練から、ストーカーになることだってある
いつまでも忘れられないと、若いときをムダづかいしかねません。最近、ストーカー行為がよく問題になります。無言電話を何回もかけたり、尾行したりして、相手を不安にさせる行為です。ストーカー行為を起こす原因の大半が、恋愛問題だといわれます。赤の他人への片思いから始まることもありますが、元彼が忘れられなくて、というのも少なくありません。自分を受け入れてほしい一心なのでしょうが、ストーカー行為をされて喜ぶ人は滅多にいません。ストーカーはいくらやっても報われることのない、むなしい行為なのです。
人間の感情は、好きと嫌いだけではない
ストーカーになりやすいのは、境界性人格障害の人だといわれます。このタイプの人は、好きと嫌いの2つしか認めない傾向があり、好きになったら、とことんのめりこみます。また、自分が裏切られることへの恐怖感と不安をいつも持っていて、迷惑を承知で、相手の気持ちを確認せずにはいられません。いったん裏切られたとわかると、愛情は憎悪に変わり、相手を傷つけようとします。多くの場合、人と人は、好きと嫌いの中間で、バランスをとりながら接触し合っているものです。別れたからといって、嫌われたとは限りません。ただし、しつこく思われると、嫌いになることはよくあります。
忘れることも、愛情の証
境界性人格障害の人は、脳の側頭葉か前頭葉の部分に異常があることがあります。前者は感情を抑制し、後者は脳全体の働きを支配しています。境界性人格障害の人は、自分を抑えることができない人でもあるからです。別れた彼をすぐに忘れられないのは、誰でも覚えがあることです。しかし、たいていの人は自分を抑え、未練をふりきって、新しい出会いに向かいます。自分の気持ちに素直になることは大切です。しかし、もう一歩大人になって、相手の気持ちに素直になってみてはどうでしょうか。相手が別れたいというなら、愛情の証(あかし)として、相手の気持ちにしたがってあげるくらいの度量をもちたいものです。
気になる症状については、一人で判断をせず、お近くのクリニックまたは病院で検査をして下さい。専門家の意見や判断をあおぐことをおすすめします。 |